皆さんお元気ですか?今回は久しぶりの配信で
Ronde-ronと名称未設定が一緒になっていますが
早く元に戻れるように頑張ります。
さて、今回のエントリーのなかで話していた
師匠から送られてきた文章ですが
なんとも不思議な事ですね。
ふぃべさんのコメントのように様々な
ところに師匠は存在し、そして繋がって
いるのかも知れませんね。
ごあいさつ 富山禊士
本日は富山禊士バレエ教室.........深く感謝いたします。
さて、皆様はこの舞台の会場、この“劇場”とはどのようなものかご存知でしょうか。
人という生き物は、この地球上に存在する生き物の中で唯一、この世の人生における生と死を理解し、またその個々の人生の中で自身は何故ここに生まれ、死にゆくのか、その人生の意味について一生を通して考えながら生きてゆく生き物です。しかしながら、どれだけ考えてもその永遠の問いに答えることはとても難しいものです。答えは一体どこにあるのか、どれだけ考え、そしてどこまで行けば見つかるのか。私たちには知ることなど不可能と思えるかもしれません。しかし実は、その答えは劇場にあるのです。今日ここへ足を運ばれた皆様は、もしかしたらここへ来るべくして来られたのかもしれません。永遠の問いに対する答えを、人生の意味を探すために。今日この舞台を通じて皆様が私たちと共にその答えを見出せることを願っております。
舞踊と富山君のことなど 渡辺タカシ
様々なものがデジタル社会に吸収され簡素化される危険な時代にあって、芸術は、人の心をうるおし、癒し、和ませ、その結果、人と人の営む社会に幸福を運び、人の心を瑞々しく蘇らせる神々のギフト、約束です。芸術家はそれを具体化するミッションです。もっとも原初的な芸術のひとつである舞踊・ダンス・バレエは、その時代の傾向とは正反対の位置にあって、対極をなし、「生々しい生」の息吹きに溢れています。美しくしなやかな動作、激しく強靭な躍動、ときに妖しく、ときに艶やかに空間を創出する身体の浮遊。感情や情緒が絶え間なく漂う空間、舞台・・・・ダンスはその瞬間、いのちが煌めき、さんざめき、日常を超えた美の力が充満する身体の詩となり、歌となり、身体の奏でる音楽となる。それゆえダンス芸術は他の芸術の例に洩れず、作品のすぐれた美しさが、人の心をたかめ、清らかにして、生きていることの充実、確信、尊厳、感動、歓び等などを、観る人々の心身に覚醒させる「生々しい生」のエネルギーを携えていると言っても決して過言ではありません。いかにあらゆるものが記号化され機械に組み込まれようとも、ダンスは人そのものであり、人の行為以外の何ものでもないからです。富山君が気を吐いています。バレエの鬼神と化したのか、語ることはすべてバレエのことばかりで、若い頃のジョークに溢れた会話が懐かしい。いま、命がけなのでしょうね。世界はいまなお、さすらい彷徨っています。平和は遠い。舞踊・ダンス・バレエで出来ることはないのでしょうか。生命を謳いあげるダンスがいのちを守る砦になれるなら、舞踊を志し、富山君と同様、命がけの日々を送る同志にとって、「舞踊は素晴しきかな」と、残余の人生を確信に満ちて過ごせるのではないかと、若干期待しているのですが。
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